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 弘法大師作と伝へる梵天帝釈青面金剛王を本尊とし、真言宗 醍醐派準別格本山金谷山三光寺松鷹坊といい、京都醍醐総本山三宝院末である。
 貞享元年(1684)7月に庚申別当跡次院政長の著した縁起書に「金谷村郷土近藤弥右衛門信種が日頃に崇っていた尊像を村中の鎮守として慶長15年(1610)に一宇を創設した」とあるが、それ以前に碧海郡上野郷天當庵から移された庚申堂があり、伊保城主丹羽勘助氏次も深く信仰していたという。
 慶長8年(1603)8月23日に秋応法印を招き開基とし、閑地院または松鷹坊といた。その後、世人の信仰を集め衣(挙母)城主三宅能登守康勝(康時)もあつく信じ寛文2年(1662)12月に衣長田(オサダ)(司町)永田氏に命じ本堂(茅葺)を再建、三門を新立させた。
 天和3年(1683)4月に護摩堂が再建された。跡次院政長のとき貞享3年(1686)12月に茅葺本堂が改造され、元禄15年(1702)夏に尊像院法印の称号を受け、同4年(1707)6月から瓦葺丹朱の本堂再建を始め翌年3月に華麗に落成し11月に安座の法会が行われた。
 享保2年(1717)4月28日総本山三宝院跡から「金谷山三光寺松鷹坊」の称号が許される。同8年(1723)3月15日梵鐘が縛られた。
寛延2年(1749)5月の本多侯引継申送書に「庚申堂壱ヵ所境内年貢地三光寺境内年貢地」とあり、参河国名所図絵に「金谷山三光寺植田義方いう金谷山三光寺は当山方の修験他、庚申堂三光寺境内に在り遠近より参詣群参す」とあり、参河志には「兼谷村一作金谷、高九2石3斗5升 庚申堂あり参詣多し」とある。
 昭和17年(1942)3月31日宗教団体法の認可をえ、同20年(1945)12月28日宗教法人令による設立登記し、同24年(1949)3月1日に総本山三宝院から準別格本山への昇格が認可され、同28年(1953)12月19日宗教法人法による「宗教法人三光寺」設立認証され、同29年9月4日設立登記した。
 境内に護摩堂があり、薬師仏・不動明王をまつる、薬師仏は明暦元年(1655)8月10日の大洪水の折に当村川原又左衛門が土中より発掘して安置した。不動明王は宝永7年(1710)に挙母郷士川上氏(緒川屋)の奉納である。

 

 

真言宗 醍醐派

準別格本山 金谷庚申 三光寺

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